Nagoya Concierge
March 05, 2008
May 13, 2007
○や。
関東や関西のヒトから見れば「ホント???」と思うかもしれないが、"3番目の都市"名古屋の食べ物は結構美味しいものが多かったりする。
■味噌かつ
■きしめん
■天むす
■味噌煮込みうどん
■手羽先の唐揚げ
■あんかけスパゲティ
■小倉マーガリントースト などなど・・・
名古屋の食べ物の多くは、見栄えは決して良くない(ヒトによっては"ゲテモノ"に見えるかもしれない・・・)けれど、味はかなりいけるのだ。
ちなみに、ボクが"名古屋料理"の中で1番好きなのは・・・
「ひまつぶし」
・・・じゃなくって、
←これ。
「ひつまぶし」 である。
ちなみに、これはただの鰻重ではない。
この「櫃(ひつ)まぶし」は3通りの食べ方があって、「食べる」という楽しみがフツウの鰻重の3倍もある。
ボクが初めて櫃まぶしに出会ったのは、大学1年の夏の土用のこと(丑の日じゃなかったけど)。どっかの政治家じゃないけど、本気で「感動したっ!!!」。もしも"ひつまぶし全国普及推進協議会"なんて団体が存在していたら、会員になってこの美味しさを日本中に教えてやりたいと思ったほどである。
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■味噌かつ
■きしめん
■天むす
■味噌煮込みうどん
■手羽先の唐揚げ
■あんかけスパゲティ
■小倉マーガリントースト などなど・・・
名古屋の食べ物の多くは、見栄えは決して良くない(ヒトによっては"ゲテモノ"に見えるかもしれない・・・)けれど、味はかなりいけるのだ。
ちなみに、ボクが"名古屋料理"の中で1番好きなのは・・・
「ひまつぶし」
・・・じゃなくって、
「ひつまぶし」 である。
ちなみに、これはただの鰻重ではない。
この「櫃(ひつ)まぶし」は3通りの食べ方があって、「食べる」という楽しみがフツウの鰻重の3倍もある。
ボクが初めて櫃まぶしに出会ったのは、大学1年の夏の土用のこと(丑の日じゃなかったけど)。どっかの政治家じゃないけど、本気で「感動したっ!!!」。もしも"ひつまぶし全国普及推進協議会"なんて団体が存在していたら、会員になってこの美味しさを日本中に教えてやりたいと思ったほどである。
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August 14, 2005
[なごやめし]AIUEOのパスタ
大学に入学して、さらにサークルに入った直後、
ワカバヤシ先輩という尊敬すべき先輩に
「おいしいスパゲッティごちそうしたるわ」
と連れてこられたのがこの店。
ここ、量がハンパじゃないです。
フツウに頼んでも、
「他の店での大盛+αぐらいはあるぢゃねーか?」という感じ。
で、またおいしいんだ。
メニューもめっちゃ変わってて、
たしか「ビョーキライス」とか「おなかいっぱい」とか、
あとコーヒー頼むにも「いつものやつ」とか「うすいやつ」とか。
マトモな名前がありゃしない。
メニューが面白くって、おいしくて、さらに量が多かったので
よく先輩と一緒に来ました。
#そういえば、あまりこの店でお金を払ったことがない・・・
ちなみに、ドラゴンボールの原作者・鳥山明さんも来店されるみたいです。
アラレちゃんの色紙もあったし。
[Cafe terrace AIUEO]
名古屋市天白区植田西3丁目105
TEL:052-803-9844
[なごやめし]洋風定食屋 三ツ谷
でも、"思い出"を差し引いても、ここのハンバーグはとってもおいしかった。
ここに行くときは、
●ちょっとラッキーなことがあったとき
●ちょっとハッピーなことがあったとき
●お財布を見たらちょっとリッチに感じたとき
のいずれかに当てはまるとき限定でしか行かなかった。
そして、必ず"夕食"としてしか食べなかった。
大学時代のボクにとっては、このお店で食べることは
ちょっとした"ディナー"だったのである。
よっぽど機嫌がいいときには、
ハンバーグ定食に加えてクアーズというアメリカのビールも頼む。
アメリカのビールというとバドワイザーぐらいしか知らなかったのだが、
クアーズに出会ったのもこの店だった。
一時期、オーナーさんがカラダを壊したとかなんとかで
長期間休業していた時期があって、
しかもお店が休業している間に大学を卒業してしまったので
ここのハンバーグを7年も食べていないのだが・・・
次に名古屋を訪れたときは、必ず食べに行こうと決めた。
[洋風定食屋 三ツ谷]
名古屋市天白区植田西2丁目1814
TEL:052-803-4607
[旧きを訪ねる]かつての"ホームグラウンド"。
名古屋という街は、大学の4年間を過ごした"第2の故郷"。
その後就職で東京(正確には千葉だけど)に移り、
そして今は本当の故郷である沖縄に帰ってきたが、
いつも名古屋に行くときは
「ただいま。」という気持ちになる。
『住めば都』というが、
18年間住んできた、そして大好きだった沖縄を離れて、
初めてひとりで暮らす土地が名古屋であったことを、
ボクはとても幸運だったと今でも思う。
社会人になってからも何度か名古屋を訪れる機会はあり、
おそらく1年に1回以上は名古屋に行っているはずなのだが、
かつてボク自身が住んでいた「天白区植田」というエリアには
卒業以来1度も足を運んでいなかったことに気づいた。
ボクの住んでいたアパートに行ってみる。
入居したときにはすでに結構な築年数が経っていたので
もしかしたら存在しないかも・・・と思ったら、何にも変わっていなかった。
ただ、周りの建物は大きく変わっていたのが少し寂しく感じた。
地下鉄の植田駅から1分の距離、1K・バスとトイレはセパレート。
半径300m以内にコンビニが4軒、銀行も2店舗、スーパーも郵便局もあり、
なぜかでっかいパチンコ屋がはす向かいという恐ろしく便利な立地にあった。
不動産屋さんから紹介されたときは
家賃40,000円に敷金2ヶ月・礼金2ヶ月。当時のこの地域ではものすごく安かった。
しかも、大家さんがものすごくいい方で、
ボクが沖縄出身の大学生だということを不動産屋さんが伝えたら、
「ほんじゃあ、家賃38,000円で、礼金はなしにしましょう。」と、
さらに安くしてくれたのだ。これはとても幸運としか言いようがなかった。
いまは窓側に立体駐車場が出来て日当たりが悪そうだ。
でも当時は単なる平面駐車場で、とっても日当たりが良かった・・・。
・・・ここを離れてから、もう6年が過ぎていた。

