February 05, 2011

The message from Cairo

1月17日。
チュニジアで起こった政変のニュースを見ていて、こうつぶやいた。

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チュニジアの政変、90年代の東欧みたいに中東・北アフリカの周辺国に飛び火しそうな予感もあり、とても憂慮。特にエジプトはムバラク政権が長いから心配だなぁ…。」
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特に根拠はないのだが、このときのチュニジアの"変化"が、1990年代の東ヨーロッパのように大きな波となってアラブ全体を覆うんじゃないかという予感がしていた。


2日後、チュニジアの革命の火がエジプトにも引火したことを知る。
この日、チュニジア政変の発端となった焼身自殺が、カイロでも発生したというニュースが流れた。
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チュニジアの「革命」が周辺国にも飛び火しはじめた模様。エジプトには友人が住んでいるので、大きな混乱にならないかとても心配。 RT @Jiji_newsRSS: 焼身相次ぎ1人死亡=エジプト
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小さなニュースだったけれど、言い知れぬ不安を感じたボクは、エジプトの友人たちに、「これから大変なことが起こるかもしれない。本当に気をつけて」と連絡。しかし、そのうちの1人からの返事は「心配してくれてありがとう。でもカイロはまだ平和だよ」。



しかし、事態は悪化。
1月26日、カイロで大規模な反政府デモが発生。
急いで友人たちに連絡を取ろうとするが、彼女たちからの返事はなかった。
#その1日後、エジプトのネット回線が既に遮断していたことを知る。つまり、ボクのメッセージは彼らには届かなかったということだ。

ボク自身は大学院の試験の真っ最中で、本当なら試験だけに集中しなければならないのは十分に分かっていた。でも、遠くカイロの友人のことはずっと気がかりだった。
連日大きく報じられるニュースを見ながら、友人のことを案じていた。


そして、きょう未明。
友人の1人から、ようやく連絡が届く。無事だった。
彼女からの最初のメッセージは
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心配してくれて、ありがとう。
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だった。
ボクは彼女たちの無事を知り安堵したが、それに続くメッセージを読んで、とても胸が痛くなった。
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(エジプトでは)今も予断を許さない状況が続いている。ただ、反政府デモ自体はおおむね平和的。反ムバラク派が求めているのは、自由、平和、食糧(の安定)、きちんとした生活状況…つまり、ただ人間らしく生きたいということだけなんだ。
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彼女たちとは、2005年、日本に留学していたときにひょんなことから知り合ったのだが、日本について彼女たちがこう話していたのを思い出す。
「日本は最高の国だ」
「日本の女性がうらやましい」と。

エジプトには言いたいことを言える自由がない。その日1日を生きられるかわからない人もいっぱいいる。そして女性には選挙権もなく、政治にかかわることは許されない。それに、(宗教上の理由から)日本の女の子みたいに自由なおしゃれもできない。
#イスラムでは、宗派によって女性が必要以上に肌を露出してはいけないという戒律がある。

それに比べて、日本では、誰もが言いたいことを自由に言える。誰もが人間らしい生活をすることができる。ヨーロッパやアラブのように宗教的な対立も抗争もなく、みんなが共存している。
もちろん何でもあるという物の豊かさもあるが、それだけでなく、何事にも縛られず自由におしゃれを楽しめたりといった、人間らしく生きるための真の意味での豊かさにあふれている。
だから、日本という国がとてもうらやましいのだ。

そういえば、昨年大学院の講義で知り合った東南アジアの友人たちも、日本が理想の国だと言っていたのを思い出した。それぞれの国によって理由は異なるが、彼らの一致するところは、日本ほど個人に自由が保障され、人間らしく生きられる国はないのだということだった。いずれは自分たちの国も日本のようになってほしいと思っている、だから日本で学ぶのだと彼らは言っていた。


日本では、言論の自由(憲法21条)や職業選択の自由(憲法22条)、選挙権(憲法15条)などの基本的人権は最高法規である憲法で保障されている。それにとどまらず、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」すなわち生存権も保障されている(憲法25条)。
今の日本では表立った宗教対立もなく、仏教、神道、キリスト教、イスラム、ヒンドゥー…どんな宗教を信じようとも、その信じる自由は当たり前に保障されている(憲法20条)。
そうした日本での"当たり前"が、実はどれだけ貴重なものなのかを、改めて知る。


もしかしたら、Cairoから彼女が送ったメッセージは、非常事態に陥っている中で政府の検閲を受けるかもしれない。そうした危険もあることを、聡明な彼女は知っていることだろう。
そういう中で遠い極東の友人に向けて送ってくれた、エジプトの今。

いま、アラブは動揺の中にある。早くこの動揺が収まり、彼らの国が、全ての国民が人間らしく生きることのできる、真の"豊かな"社会を獲得できることを心から望む。

requios at 05:56│Comments(1)TrackBack(0)この記事をクリップ!すこしだけまじめなはなし。 

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この記事へのコメント

1. Posted by やんばる   February 07, 2011 14:38
どんなことでも当たり前になると、その有難さに気付きにくくなるのが人間ですよね。自分とは違う境遇・環境に身を置く方との交流は(自分にとっての)当たり前のことに気付くきっかけになることがしばしばあります。

確かに東南アジア・アフリカ等の国々と比べると日本ははるかに自由・安全を享受できる国かと思います。

しかし、それらは気を抜くと(あるいはすでに)形骸化してしまいそうな状態じゃないかなぁと思うのは私だけでしょうか。

国も個人もいつまでも向上していけたらいいですね〜

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