August 14, 2007

あの日から、3年が経った。

e06950e2.JPG日付は変わったが、きのう(13/AUG)はあの忌まわしい事故のあった日。

事故現場となった沖縄国際大学には、あの事故で黒焦げになったアカギがまだ痛々しい姿を残していた。しかし、CH-53Dヘリが激突した建物はすでに解体され、そこには新しいビルが建っていた。


あれから3年。
総理大臣は変わっても、防衛大臣が変わっても、普天間飛行場の危険な状況はまったく変わっていない。
アメリカ政府、そして日本政府の冷淡な対応も相変わらずだ。



「平穏で安全な生活を取り戻したい」

宜野湾市民の、そして沖縄県民の願いは、わがままな要求なのか?
そうではないはずだ。


日本国憲法第25条には、こう明記されている。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と。


アメリカ軍による度重なる騒音被害によって健康を侵されている国民が、この島には多く存在する。しかし、アメリカ軍は自らの非を認めることは決してなく、いつも高圧的な態度で居直っている。アメリカ軍は決して謝罪しない。
そして被害者である国民を保護すべき日本政府は、依然として加害者側を擁護し続けている。
この理不尽な状態は、沖縄が日本に復帰してからずっと変わっていない。


権力にしがみつくことしか考えていない、人を見る目もない無能な日本政府のトップには、主権者であるはずの国民のことなんてどうでもいいのだろう。
ね、安倍さん。小池さん。



この3年間で、私にはアメリカ軍兵士の義弟ができた。
彼は、アメリカ軍の仕事に誇りを持っている。そして、その誇るべきアメリカ軍が、沖縄の人にどれだけ酷いことを強いてきたかをも知っている。
彼はその点について心を痛めているし、そして"良き隣人"として認められるために最大限の努力をしていることを私は知っている。

だが。
その彼が所属する軍の上層部、そして大使・総領事をはじめとした高官たちの言動が、彼の努力をいつも無にしてしまう。どこまでも自分勝手な大統領は、そんなことなど一切知らないのだろう。ね、ブッシュさん。



あの事故から3年。
当事者の一方・沖縄国際大学の学長はボクの遠い親戚。そしてもう一方の当事者であるアメリカ軍に、ボクの義弟がいる。
・・・3年経って、ボクの心はより複雑になった。

このやるせなさを、ボクはどこにぶつければいいのだろうか。

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この記事へのコメント

1. Posted by まーぼ☆    August 14, 2007 06:21
複雑だね。

あれからもう3年も経つのね。
月日の流れは早いね。

来年の同じ日、何を思ってるかな?
2. Posted by Concierge YASDA    August 14, 2007 12:01
> まーぼ☆さん。
来年の同じ日、普天間飛行場からアメリカ軍が消えていることをボクは願いたいです。でも、そのために沖縄の別の場所に危険がたらい回しされることだけは避けたいですね。悲しいことに、そうなりそうな雲行きですが・・・。
3. Posted by TETSU    August 15, 2007 21:43
たらい回しにされたらどうなるか?? 
という問題意識すら持たない県がほとんどではないでしょうか。
まず、うちは絶対ありえないだろうからこういう問題の存在すら感じないという状態。
これも、嘆くべき現実です。
大田実中将が沖縄地上戦において最期の打電の中で「・・・沖縄縣民斯(か)ク戦ヘリ
 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と言う言葉。
この「御高配」とは裏腹な状態が今の所62年も続いているという事実があります。

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