August 09, 2007
HERO is back!
"踊る大捜査線"が登場するまでは、
刑事ドラマといえば、派手な銃撃シーンやら爆破シーンがあって、毎回誰かが死ぬものと相場が決まっていた。
"HERO"が登場するまでは、
検事もののドラマといえば、2時間モノのサスペンスドラマと相場が決まっていた。
そして、登場人物は必ずといっていいほどカッコよかった。場合によっては非の打ち所のないような完璧な人物像に仕上がっていた。それが刑事モノであり、検事モノという概念だった。
しかし、この2つのドラマは、その"常識"を覆した。
"踊る大捜査線"も、そしてこの"HERO"も、人物を決してカッコ良く見せようとはしない。サラリーマン社会にはありがちな、どこにでもいそうなタイプの人物に描いている。
だが、青島俊作も、久利生公平も、自分の仕事に対して誇りを感じ、そして確固たる強い信念を持って仕事を行っている。
ヒーローは、誰にだってなれる。
この2つのドラマは、きっとそれを伝えたいのだと思う。
もちろん、ヒーローになるには、たいていの場合才能やらタイミングやら運といったものが必要なのかもしれない。
でも、毎日を惰性に任せて生きるか、それとも1日1日を大切に生きるか。こういう自分の意識を少し変えるだけでも、人生は大きく変わるのかもしれない・・・とボクは思う。
迷っているヒトに道案内をしてあげた。
バスでお年寄りに席を譲ってあげた。
道に落ちている空き缶を拾って、ゴミ箱に捨てた。
ほんの小さなことでもいい。
自分の信念によって「誰かのために」行動したことで何かが変わるのなら、その瞬間誰だってヒーローになれるはずだ。
検事は、たいていの場合"悪役"であることが多く、あまり人気はない。司法修習を修了した後、修習生は"弁護士""裁判官""検事"のうち1つを選択することになるのだが、"検事"の希望者はいつも少ないらしい。
でも、久利生検事は、このドラマの中で
「被害者の味方をできるのは検事だけだ」
と自らの仕事の本質を語っている。
弁護士も同様で、刑事裁判を担当する時には悪役になることだってある。
だけど、本質は検事も弁護士も「弱い者の味方」である。一部の検事や弁護士には本質を外れたヒトも残念ながら存在するのは悲しいことだが、しかしほとんどの検事や弁護士は、自らの強い信念に基づいて、そして自らの仕事に誇りを持ってその職務をこなしている。
ボクがいま法科大学院、そして弁護士を目指しているのも、社会的弱者を1人でも多く助けたいという気持ちがあるからだ。それは司法書士事務所勤務時代での経験によるもの。
検事という仕事に光を当てたドラマが、再放送という形で帰ってきた。
そして9月には映画になって帰ってくる。
楽しみで楽しみで仕方がない。
贅沢を言うなら、海外のERや24、LOSTなどのように、シリーズ化して連続テレビドラマとしてまたやってほしいと思うばかりである。
刑事ドラマといえば、派手な銃撃シーンやら爆破シーンがあって、毎回誰かが死ぬものと相場が決まっていた。
"HERO"が登場するまでは、
検事もののドラマといえば、2時間モノのサスペンスドラマと相場が決まっていた。
そして、登場人物は必ずといっていいほどカッコよかった。場合によっては非の打ち所のないような完璧な人物像に仕上がっていた。それが刑事モノであり、検事モノという概念だった。
しかし、この2つのドラマは、その"常識"を覆した。
"踊る大捜査線"も、そしてこの"HERO"も、人物を決してカッコ良く見せようとはしない。サラリーマン社会にはありがちな、どこにでもいそうなタイプの人物に描いている。
だが、青島俊作も、久利生公平も、自分の仕事に対して誇りを感じ、そして確固たる強い信念を持って仕事を行っている。
ヒーローは、誰にだってなれる。
この2つのドラマは、きっとそれを伝えたいのだと思う。
もちろん、ヒーローになるには、たいていの場合才能やらタイミングやら運といったものが必要なのかもしれない。
でも、毎日を惰性に任せて生きるか、それとも1日1日を大切に生きるか。こういう自分の意識を少し変えるだけでも、人生は大きく変わるのかもしれない・・・とボクは思う。
迷っているヒトに道案内をしてあげた。
バスでお年寄りに席を譲ってあげた。
道に落ちている空き缶を拾って、ゴミ箱に捨てた。
ほんの小さなことでもいい。
自分の信念によって「誰かのために」行動したことで何かが変わるのなら、その瞬間誰だってヒーローになれるはずだ。
検事は、たいていの場合"悪役"であることが多く、あまり人気はない。司法修習を修了した後、修習生は"弁護士""裁判官""検事"のうち1つを選択することになるのだが、"検事"の希望者はいつも少ないらしい。
でも、久利生検事は、このドラマの中で
「被害者の味方をできるのは検事だけだ」
と自らの仕事の本質を語っている。
弁護士も同様で、刑事裁判を担当する時には悪役になることだってある。
だけど、本質は検事も弁護士も「弱い者の味方」である。一部の検事や弁護士には本質を外れたヒトも残念ながら存在するのは悲しいことだが、しかしほとんどの検事や弁護士は、自らの強い信念に基づいて、そして自らの仕事に誇りを持ってその職務をこなしている。
ボクがいま法科大学院、そして弁護士を目指しているのも、社会的弱者を1人でも多く助けたいという気持ちがあるからだ。それは司法書士事務所勤務時代での経験によるもの。
検事という仕事に光を当てたドラマが、再放送という形で帰ってきた。
そして9月には映画になって帰ってくる。
楽しみで楽しみで仕方がない。
贅沢を言うなら、海外のERや24、LOSTなどのように、シリーズ化して連続テレビドラマとしてまたやってほしいと思うばかりである。


