July 21, 2007
不在者投票。
なぜなら、今回の投票日(7月29日)は、FC琉球のホームゲームと重なるからである。
ずっと前にも書いたと思うが、投票は国民の権利であると同時に義務だとボクは思っている。選挙は政治に対して自分の意思を直接示すことができる数少ない機会であり、また政治家に対して評価する機会でもある。これは政治に限ったことではないが、何事もきちんとチェック機能が働かなければ、人間社会ではときにあらぬ方向へ暴走することが多い。たとえばミートホープ事件でも、社長の暴走をチェック機関である取締役会が止めることはできなかった。政治のチェック機能である"選挙"に参加する権利を持つ私たちは、同時に政治があらぬ方向に進まないようにチェックし、時には修正を迫る責任を負っているのだ。
さて、政治を見てみると、先日閉会した通常国会では政府・与党の強行採決の連続という暴走ぶりだけが印象に残る。民主主義発祥の国・イギリスの国会では、与野党はあくまで議論で戦う。旗色が悪くなったら途端に審議を打ち切って強引に採決に持ち込むなんてもってのほかである。その暴走を、政治家たちは誰も止められなかった。
今の日本の政治の仕方は、どうも第2次世界大戦直前のドイツ(ヒトラーの政権獲得→暴走)に似たような雰囲気があって、ボクは恐ろしさを感じる。
記憶違いかもしれないが、戦前ドイツは、名高いワイマール憲法発布後に、政権与党が強権発動を連発して議会を形骸化し、そしてかの史上最悪の独裁へと突き進んだ。しかしその過程を、誰も止められなかった。
国の、そして行政が暴走するとき、それを止められるのは誰か。日本国憲法によれば、それは国民だけだ。私たちの持つ1票は、国の暴走を止められるブレーキにも、また暴走に拍車をかけるアクセルにもなりうるのである。そのチカラを棄てて、もはや暴走の加速度が止められないところまで達してから暴走に気づいても、もう遅い。だから、暴走がさらに速さを増す前にきちんとチェックし、自らの意思を示さなければならない。
私たちの1票は"微力"でしかないが、しかしその"微力"が時に大きな力を発揮する。
私たちは私たちの責任において、私たちの持つ権利をきちんと行使しなければならないのだ、とボクは思う。
今の日本の政治の仕方は、どうも第2次世界大戦直前のドイツ(ヒトラーの政権獲得→暴走)に似たような雰囲気があって、ボクは恐ろしさを感じる。
記憶違いかもしれないが、戦前ドイツは、名高いワイマール憲法発布後に、政権与党が強権発動を連発して議会を形骸化し、そしてかの史上最悪の独裁へと突き進んだ。しかしその過程を、誰も止められなかった。
国の、そして行政が暴走するとき、それを止められるのは誰か。日本国憲法によれば、それは国民だけだ。私たちの持つ1票は、国の暴走を止められるブレーキにも、また暴走に拍車をかけるアクセルにもなりうるのである。そのチカラを棄てて、もはや暴走の加速度が止められないところまで達してから暴走に気づいても、もう遅い。だから、暴走がさらに速さを増す前にきちんとチェックし、自らの意思を示さなければならない。
私たちの1票は"微力"でしかないが、しかしその"微力"が時に大きな力を発揮する。
私たちは私たちの責任において、私たちの持つ権利をきちんと行使しなければならないのだ、とボクは思う。
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この記事へのコメント
1. Posted by いつもの大塚
July 22, 2007 06:06
ブレア政権は高支持率だったので保守党が徹底抗戦しなかったのかもしれないけど。
米国じゃバリアスターをやるぐらいだから、その前提として強行採決ちっくな存在は、あると思うのだけど。
2. Posted by 長くなって済みませんの大塚
July 22, 2007 06:25
ところで拙者が長時間演説の機会を得たら、成人用オムツを使います。物事は徹底的にやらねば。議場がダレた時ズボン脱ぐ。これで1時間はNHK深夜視聴率の二桁維持出来ます。深夜2時を過ぎたら、オムツからお漏らしです。その為1時頃に壇上で下剤飲みます。最後3時を過ぎたら全裸憲51で保護but登院停止

